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披露宴会場にて

秋野湯

暗闇の中に光の輪が浮かんだ。拍手の中、キャンドルを手にした二人がテーブルへ歩き出す。私もトリアエズ、手をたたく振りをする。力なく。二人がテーブルへ近づいてきた。
「ハツ、ごめんね〜。時間が押しちゃってハツのスピーチ、削らせてもらうことになっちゃって。」
絹代が少し申し訳なさそうに言う。私は顔の一番上の皮1枚だけで笑い顔を作った。昨日、遅くまでかかって書いたスピーチ文。どうせ大したことは書いていない。いや、書きたいことはいっぱいあったけど、結局うまく書けなかった。絹代の短大時代の友人だという華やかな女性たちのスピーチの後で、私だってこんなの読みたくない。
「長谷川さん、久しぶり。あんまり変わってないね。」
にな川が言う。久しぶりに見るにな川。お前こそ変わってないよ。よりによって、なんで、にな川なんかと。二人は笑顔のまま次のテーブルへと移動する。そのとき、にな川の手が絹代の腰に置かれていることに気づいた。暗闇の中、光の輪とともにキャンドルを持った絹代とにな川が歩いていく。私は絹代の腰に置かれたにな川の手から目を離すことができない。そこだけに焦点を合わせたまま、視界が狭くなってゆく。

これ以上ありえないほどに平凡を極めた披露宴は、順調に進行しているようだった。私は、花束を抱えた絹代とにな川が、会場の後ろに並んだそれぞれの両親へ向かって歩いてゆくのを、よその世界の出来事のように見ていた。それまでの笑顔と違い、絹代は眉毛をハの字にさせうつむき加減に歩いている。にな川が、黒いペンギンのようなタキシードのポケットから、小さく折り畳んだ紙きれを取り出した。用意されたマイクの前で、何か言っている。何を言っているのかはよく聞こえないが、顔を前に振りながら、つっかえつっかえ手に持った紙きれを必死に読んでいる。全然変わってないと思ったけど、後ろから見ると背が伸びている。肩幅だって広くなっている。猫背は相変わらずだが、明らかに「男」の背中になっていた。細かく折り目がついた紙をにぎりしめている手が震えている。

突然、のどの奥の方から、熱い固まりが浮き上がってくるのを感じた。心臓のあたりからどんどん上にあがってきて、口から出そうになる。私は慌てて、テーブルの下へもぐった。足下に置かれた引き出物が入った袋の中を探るフリをしてそのまましゃがみ続ける。にな川はまだ何か言っている。一生懸命に。絹代の両親へ向かって。突然、目の前がぼやけた。止める間もなく大きな水滴が私の目からこぼれ落ち、音をたてて引き出物の上に落ちた。それはじんわりと和紙の上に大きくにじんでいった。

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